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改正高年齢者雇用安定法が2020年に成立し、2021年4月から全ての企業を対象に施行されます。これまで企業には65歳までの高齢者を雇用する義務がありましたが、改正後は雇用する高齢者の年齢を70歳に引き上げるための努力義務が新設されました。企業はこの法改正に対応するためどのような準備が必要なのでしょうか。
今回は、総務・人事担当者や経営者に向けて、法改正の内容はもちろん、新設された高年齢者就業確保措置のポイントや努力義務の内容、対応しなかった場合のリスクなどをわかりやすく解説します。
高年齢者雇用安定法とは
高年齢者雇用安定法は、高齢者の雇用確保や再就職の促進を主な目的とし、社会の要請に合わせてこれまでも度々改正されています。まずは、従来の高年齢者雇用安定法のポイントと、企業にとって重要な義務である継続雇用制度について解説します。
高年齢者雇用安定法の概要
まず、現行の高年齢者雇用安定法の内容を見ていきましょう。
この法律によって、企業は以下2点の実施が必要となります。
①60歳未満の定年禁止
②65歳までの高年齢者雇用確保措置を設ける
65歳までの雇用確保措置は、以下の3つからいずれか1つを必ず選択し、導入しなければなりません。
・65歳までの定年引上げ
・定年の廃止
・65歳までの継続雇用制度を導入する
「高年齢者雇用確保措置」を設けないことは法律違反となります。罰金などの罰則はありませんが、行政指導をされても改善されない場合には企業名を公表されるというペナルティーが科されます。
継続雇用制度とは
「継続雇用制度」とは雇用している高齢者が希望するときは定年後も引き続いて雇用する制度のことです。定年退職後、新たに雇用契約を結ぶ「再雇用制度」と、定年で退職とせず、引き続き雇用する「勤務延長制度」に分かれます。
2013年の法改正では、より幅広く高齢者の就労促進が可能になるよう、以下の点が法律に定められました。
・継続雇用制度の対象者を労使協定で限定できる仕組みの廃止 ・継続雇用制度の対象となる雇用先の範囲をグループ企業まで拡大する仕組みを設ける ・義務違反の企業名を公表する |
2021年施行、高年齢者雇用安定法の改正内容
2021年4月から施行される高年齢者雇用安定法の改正の背景やポイントについて、分かりやすく解説します。
法改正の背景
近年深刻化する少子化に伴う労働人口の減少から、社会保障制度を支える現役世代の負担増が予想されており、高齢者の雇用維持による労働人口の確保がますます重要視されつつあります。そのため、意欲ある高齢者が活躍できる環境整備を急ぐ必要性について議論されてきました。
変更点の概要
従来の制度との大きな違いは、現行の65歳までの雇用確保義務に加え、70歳までの「高年齢者就業確保措置」努力義務が付け加えられた点です。
努力義務の内容は以下の通りです。
①70歳までの定年引き上げ ②定年制の廃止 ③70歳までの継続雇用制度の導入 ④高年齢者が希望する場合、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 ⑤高年齢者が希望する場合、70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入 |
(参考:厚生労働省『パンフレット(簡易版):高年齢者雇用安定法改正の概要』)
以下で、この努力義務のポイントについて詳しく見ていきましょう。
新設された「高年齢者就業確保措置」のポイント
2021年施行の高年齢者雇用安定法により新たに「高年齢者就業確保措置」が設定されました。
上限が65歳から70歳に引き上げられる
企業側は70歳までの高齢者に対し「高年齢者就業確保措置」を設けることが努力義務となりました。以下①~⑤のうち、どれか1つを講じるよう努めなければなりません。
①70歳までの定年引き上げ ②定年廃止 ③70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)導入 (特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む) ④高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 ⑤高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的にa、bの事業に従事できる制度の導入 a.事業主が自ら実施する社会貢献事業 b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業 |
④⑤は、70歳までの高齢者に対して雇用以外での就業の機会を与える「創業支援等措置」として位置付けられています。導入するには労働者の過半数を代表する労働組合の同意または労働者の過半数の代表者の同意が必要です。
より高齢者が就業を続けやすい環境を整備するため、①~⑤のうち1つだけでなく複数導入することも望ましいとされています。
法改正後の努力義務とは
65歳までの雇用確保措置は企業が必ず遵守しなければならない義務でした。しかし70歳までの「高年齢者就業確保措置」の実施は努力義務とされています。法律上の努力義務とは「法律の趣旨や目的からして守ることが望ましいが、罰則が生じるような義務規定とするには厳しすぎる」という場合に設けられます。
「高年齢者就業確保措置」の努力義務とは、「設定されている5つの措置のうち、どれか1つを実施することができない場合、罰則はないが、70歳までの高齢者が働き続けられるよう、自社内で検討をする努力が求められる」ことを意味します。
自社に高齢の従業員がいない企業でも、「高年齢者就業確保措置」の導入は全ての企業に対して一律に適用される努力義務という位置付けのため、各企業はこの措置を導入するための制度整備をしておく必要があります。
制度を実施しない場合のリスク
70歳までの高齢者に対する「高年齢者就業確保措置」の導入は、努力義務なので強制力はありません。しかし、導入しないまま放置していれば行政指導の対象となる可能性があります。
行政指導では義務を果たしているかいないか、だけでなく「希望する高齢者が働き続けられるような努力をしているか」といった企業の姿勢も問われます。指導後、状況が改善していないと行政側から見なされた場合、措置の実施に向けた計画の作成を勧告される場合があります。
また、高齢者の就業を妨げるなど法律の趣旨と正反対のことをしていた場合、高齢の従業員とのトラブルにつながり、雇用関係の確認や損害賠償の請求などの訴訟に発展するリスクも考慮しておきましょう。
社内の対応が追い付かず、2021年4月までに70歳までの高齢者に対する「高年齢者就業確保措置」を完全な形で設けることができない企業の場合、直ちに指導対象にはなりません。「まずは 67 歳までの継続雇用制度を導入する」といった対応も可能ですが、最終的には70歳までの高齢者に適用される措置を講じられるよう努めていく必要があります。
(参考:厚生労働省『高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者就業確保措置関係)』
高年齢者就業確保措置は現時点では努力義務にとどまりますが、2004年改正により65歳までの高年齢者雇用確保措置が努力義務から義務へと格上げされたように、将来的には義務化されることも想定されます。人材の確保等に課題を抱える企業においては、65歳超雇用推進助成金(65歳超継続雇用促進コース)などの助成金も活用しながら、早い段階から制度の整備について検討していきたいところです。
対象者基準を設けることができる
「高年齢者就業確保措置」の「70歳までの定年引き上げ」「定年廃止」を除く3つの措置については企業ごとに対象者を限定する基準を設けられます。ただし、対象者の基準を設ける際、以下2点について留意が必要です。
1.対象者の基準を決める際には労働者の過半数を代表する労働組合の同意、または労働者の過半数の代表者の同意を得ることが望ましい。 2.労使間で合意が得られても、企業・上司の指名した者に限るなど、高齢者を排除しようする意図を持った基準や、性別を限定するなど法律に反した基準は認められない。 |
(参考:厚生労働省『高年齢者雇用安定法 改正の概要』)
2021年の法改正施行後、企業が対応すべきこと
2021年高年齢者雇用安定法改正にともない、企業が対応しておくべきポイントについて解説します。
どの措置を講ずるか、労使で協議する
「高年齢者就業確保措置」の5つの措置のうち、どの措置を自社で導入するか、労使間で十分に協議しておきます。話し合いの結果、複数の措置を同時あるいは段階的に導入して、70歳までの就業機会をこれまで以上に増やすといった対応も可能です。
決定の際には、現場からどのような措置を望まれているのか把握することも大切です。高齢者である従業員の希望を尊重できるように努めましょう。
定年前と異なる業務をする場合、十分な教育を行う
制度対象者が定年前と異なる業務に就く場合、研修や訓練を実施することが望ましいとされています。特に、「創業支援等措置」ではなく、雇用による就業確保の措置を実施する際には、安全衛生のための教育を必ず高齢者に対して行う必要があります。
健康に配慮する対策を行う
労働災害による死傷者に60歳以上の労働者が占める割合が増加していることから、「高年齢者就業確保措置」の導入に伴い、職場環境の改善や健康・体力の状況把握などの対策を講じることが望ましいとされてます。
対応を定める際には厚生労働省が発行している「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」を参考にしましょう。
高年齢者雇用状況報告の様式変更に対応する
今回の法改正に伴い「高年齢者雇用状況報告」の様式が変更され、企業は毎年1回の報告を新様式で提出する必要があります。
従来から高年齢者雇用安定法では、全ての企業はその年の6月1日時点の高齢者の雇用状況を、7月15日までに厚生労働大臣宛に「高年齢者雇用状況報告」に基づいて報告することを義務付けています。提出は、郵送または、e-Gov 電子政府の総合窓口から電子申請を利用して行います。
取り組み事例
すでに70歳までの高齢者の雇用確保が進んでいる職場の事例を紹介します。
66歳までの定年引き上げ+70歳まで継続雇用
ケアハウス施設の運営や居宅介護支援を行っているA社は、66歳までの定年引き上げ加え、定年後に継続雇用する年齢上限を70歳まで引き上げました。また、短時間勤務を希望する高齢者の従業員に限定し、定年なしのパート職員として雇用しています。
高齢者が働きやすい環境の整備として作業負担を軽減する自動掃除機や高圧洗浄機を導入し、指定する病院を受診した場合、費用の3分の2を補助、健康診断の項目追加などを健康面での処遇改善を行っています。
(参考:厚生労働省『高年齢者雇用安定法 改正の概要(取り組み事例)』)
定年60歳+上限年齢のない継続雇用
生鮮食品を中心としたスーパーマーケット事業を行っているB社は、60歳の定年後は65歳まで再雇用、65歳を過ぎた後も意欲があれば年齢の上限なく再雇用する措置を設けています。定年後の再雇用の際、従業員がこれまで通りの就労を希望すれば支障がない限り役職もそのままの継続雇用する仕組みを導入しています。
60歳時点での給与水準を継続し、再雇用後も人事評価に基づく昇給を実施することで、教育係として高齢の従業員が活躍する環境を実現しました。
(参考:厚生労働省『高年齢者雇用安定法 改正の概要(取り組み事例)』)
まとめ
労働人口が減少し、日本の人口を占める高齢者の割合も増加する現在、高齢者が働きやすい環境を整備する重要性はますます高まっています。2021年4月施行の高年齢者雇用安定法改正の大きなポイントである70歳までの「高年齢者就業確保措置」は、罰則なしの努力義務ではあります。しかし、実現可能な措置を積極的に取り入れることが各企業に望まれています。
施行に備え、高齢者が働きやすく自社の生産性向上や雇用環境の改善を実現できるような環境整備を進めましょう。
(監修: 社会保険労務士 水間 聡子)