INTERVIEW
“独走し、走り切ったものを3つ持つ”─集中のプロ井上一鷹氏が語る「コロナ後」と「AI時代」のはたらく
2020.08.28
INDEX
ウィズコロナ/アフターコロナ時代の働き方を考えるための全3回のインタビューシリーズ企画「コロナ後のはたらく」
最終回となる今回は、「集中」のエキスパートとして多数のメディアに登場し、書籍も出版している株式会社Think Labの井上一鷹氏にお話を伺いました。
コロナ後に広まった在宅勤務に多く見られる課題とその解決策から、AI時代の働き方まで、幅広くお話いただいています。
株式会社ジンズ Think Lab Gエグゼクティブディレクター 兼 Think Lab取締役
井上 一鷹氏
慶應義塾大学理工学部卒業後、アーサー・D・リトルに入社し、事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略に携わる。2012年、ジンズに入社。「集中」を測るアイウェア「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」のプロジェクトリーダー。新規事業Think Labの立ち上げに参画、株式会社Think Lab設立後取締役に就任。算数オリンピックではアジア4位、数学オリンピックでは日本のファイナリストになった経験を持つ。著作に『集中力 パフォーマンスを300倍にする働き方』がある。
在宅勤務の良し悪しを分ける4つの要素
――在宅勤務が定着しつつある今、改めてどのような課題が生まれているのでしょうか。
在宅勤務の反応は大きく二極化しています。「在宅勤務の方が100パーセント良い」という意見と「在宅勤務は絶望的」という意見。まさに両極端です。何がその2つを分けているのか考えていくと、大きく4つの要因がありました。
1つ目は、椅子や机などの環境整備の度合いです。
明らかに腰痛の話をする人が増えています。
在宅勤務ではダイニングテーブルで仕事をする人が多いようです。オフィスワーカーは1日に6時間半ほど座って働きますが、オフィスチェアと異なり、ダイニングチェアは長時間座る想定の作りではないので、身体が辛くなります。
東洋人は欧米人に比較して背筋が弱いので、腰痛になりやすく、椅子や机の選択は非常に重要です。
2つ目は家族構成です。
単身で住んでいる人であれば問題はありませんが、育児中の人は大変です。
特に3歳から5歳くらいのお子さんが家にいる状態で、両親ともに在宅勤務をしている場合は窮地とも言える状況になります。これによる家庭内の領土問題も発生していて、知り合いの中にはべランダで仕事をしている人もいました。
3つ目は仕事へのスタンスです。
オフィスワーカーは、大きくクリエイティブワーカーとタイムワーカーに分類されます。前者が世の中に2割、後者が8割といったところでしょうか。
クリエイティブワーカーは普段から自分で選択をして生産している人なので、テレワークで働き方の選択肢が増えることを、概ねすんなりと受け入れています。
問題は後者のタイムワーカーです。例えば、出社をして9時から5時までの8時間を会社に提供し対価を得るという感覚で仕事をしてきた人は、在宅勤務だと“何をもって時間を提供しているか”という感覚が得られにくいようです。“自分は会社に貢献していないのではないか?”という意識が、静かにその人のメンタルを蝕んでいるような状況です。
4つ目は上司との関係です。
一般的に島型のようなデスク配置によるオフィスでは、管理者である上司が常に業務に関与する“マイクロ・マネジメント”によって、メンバーシップ型のビジネスが遂行されていました。それがテレワークになると、管理者の中に“部下はきちんと仕事をしているのか?”という猜疑心が生まれ、それが高じて監視者になってしまいます。
これらの4つの要因の有無によって、「在宅勤務が良い」と言う人と「在宅勤務が悪い」と言う人とにはっきり分かれている印象です。
――各々の要因について、改善策はあるのでしょうか。
1つ目の課題に関しては、環境を改善すれば解決します。
腰痛対策であれば、長時間座れるよう弾力と通気性を考えた椅子と、座った時に肘が90度になるような高さの机を用意するなどですね。
ちなみに、私たちが運営するワーキングスペース「Think Lab」では、様々な研究の結果、人が働く環境においてベストと考えられる空間を用意していますが、それをどのように在宅勤務向けにカスタマイズして提供していくかを現在取りまとめている段階です。
ワークスペース「Think Lab」については、こちらの記事をご参照ください。
2つ目の家族構成については、物理的な空間をきちんと分けてあげる必要があります。
すなわち、“1人の時間の空間”と“家族の時間の空間”を、物理的にきちんと間仕切りをしてあげなければいけません。すぐには答えを出せないのですが、「間をとる」という概念について現在まとめている最中なので、今しばらくお待ちください。
3つ目のタイムワーカー系の改善というのもなかなか難しい課題ですね。
明確な解決策にはなりませんが、方向性としてはやはり、旧来のメンバーシップ型の雇用形態に無理があったという風に解釈する人が増えていくのではないでしょうか。
在宅勤務で見えてきたジョブ・ディスクリプション(職務内容を詳細に記したもの)をもう少し整備して、ジョブ型に近づけるべく、業務と役割を固定化する必要があります。要するに、9時から5時まで会社にいることが仕事ではなく、ジョブ・ディスクリプションをもとにジョブを設定し、会社と個人の関係を密ではなく疎にしてあげる、ウェットではなくドライにしてあげるということが必要だと思います。
4つ目のマイクロ・マネジメントの問題については、唯一の解決策として考えられるのは、“信頼できる人としか仕事をしない”ことです。
離れて働く以上、信頼できる人としか仕事はできませんよね。“信頼できる”、“ベストを尽くそうとしている”という前提に立てない人と同じチームで仕事をすると、互いの脳のリソースの一部が猜疑心で埋まってしまいます。テレワークにするなら、ドライな業務委託にするか、もしくはウェットで信用できる人としか仕事をしないかのどちらかですね。
変えることを楽しんだり、選ぶことを楽しいと思う
――自分のマインドだけならまだしも、組織そのものを変えるのはかなりハードルが高そうに感じます。
確かに組織を変えるのは難しいですね。しかし大切なことは、“今しか変えられない”と思うことです。僕は極論を言い続けた方が良いと思っています。
働き方改革という文脈からも、5年前くらいから「テレワークをするべき」とずっと言われ続けてきたのに、現実的にはまったく変わりませんでした。それが、新型コロナウイルスという危機を迎え、ようやく変わったんです。今のタイミングを逃せば、個人も企業も国全体も、変われるわけがないと思います。
無理矢理にでも、本気で変えようと思うのならば、全員がマインドセットを変えて、例えば、4か月の間だけでも本気で働き方や組織の変革に取り組んだ方が良いと思います。「できない理由を探すのは、この4か月はやめませんか」と。僕はメディアに何かを載せる人間の責務として、極論に近いことも言い続けたいと思っています。
個人の活動としては、とにかく、変えることを楽しんだり、選ぶことを楽しいと思うことですね。人は初動の動きは重いですが、1回動けたら2回目も動けますから、「こうしてみたらどうだろう」と考え、実行する習慣をつけるべきです。
例えば、僕は在宅勤務で生産性を上げるために「このアロマはどうだろう」「この植物はどうだろう」「オットマン(足乗せ用ソファー)を置いてみたらどうだろう」「1日4回風呂に入ってみたらどうだろう」といったことを、思いつく限りに楽しんでやっています。
変化を楽しんで、それを人に話し、それ自体をコンテンツとして楽しんでいる人は、知見が自然と積み上がっていくし、変化にも強いと思います。
――その思いつきを、行動に移す人と移さない人がいます。その差は何でしょうか。
“アウトプットする場”を決めているかどうかではないでしょうか。
僕は、今日みたいに話す場があるから行動に移すんだと思います。情報をインプットして、知恵に変えてアウトプットするといったときに、知恵が出ない理由はインプットが足りないか、アウトプットする場がないか、だと思います。“誰かに話す”といったことでも十分です。アウトプットする場があれば、試してみようという気になるのではないでしょうか。
こういう発想があるかどうかで、自分の職場環境だって変えることができるはず。というか、変えられるのは自分だけですからね。
“Why”を語ってPDCAを回すようでは、新しい思考はできない
――井上さんはnoteの記事のなかで、アイデアや想定外を生み出す“直観の脳”である脳のDMN(デフォルトモード・ネットワーク)を活性化させる時間を持つことの大切さを指摘されています。そのDMNの活性化を長く実践されているから、「1日4回風呂に入ってみる」というような発想につながるのではないでしょうか?
それはあると思いますね。
直観と、その半歩後ろに論理がいる状態で物事を考えるかどうかですが、やはり直観力というのはとても大事です。
――井上さんは、直観力は元からある方だったのでしょうか?
直観力はありませんが、コンプレックスはあります。
僕はコンサルタントの出身なので、理屈をこねることが好きで、“Why”に答えることが得意です。しかし僕の上司である社長は、オーナーとして一代で企業を立ち上げた人なので、「なぜこういうことをするのか?」という“Why”の話をしても全く興味を持たず、「だからどうする」という“So what”を言ってもダメで、「言わずにやるべき」という“Why not”になります。
僕は、“Why”と“So what”と“Why not”が一軸にあると思っていて、僕の能力はどちらかというと“Why”に寄っていました。でも、変化が求められる時代となり、今回のコロナのように社会の不確実性が高まると、“Why”を語ってPDCAを回しているようでは、新しい思考ができないというコンプレックスを感じていました。
なので、直観で7割正しいものを一度アジャイル(後に変更があることを前提に進めて、徐々にすり合わせや検証を重ねていくというアプローチ)で始めてみて、違ったら“違った”と素直に認めて、すぐに方向転換をするような思考術でなければ、価値を生み出せない時代になったと思います。
僕はもともと直観力がないので、そのように意識をしているわけです。
必要なのは、人間が持つ“大局観”
――AIは直観力を持てないイメージがありますが、直観は人間にしかない能力なのでしょうか。
言葉の定義によるものなので厳密には言えませんが、直観による判断はおそらくAIでも可能です。論理的な思考もAIは得意です。唯一難しいのは大局観だと思います。
予防医学研究者の石川善樹さんは、脳のネットワークを“DMN”(デフォルト・モード・ネットワーク)の直観と、“EN”(エグゼクティブ・ネットワーク)の論理、そして両者を切り替える“SN”(セイリエンス・ネットワーク)の大局観の3つに分けて説明しています。
画像提供:Think Lab
そして、直観で100個のアイデアを出し、大局観でその100個の中からざっくり正しそうな3個を選び、そして論理でその3個を検証して1つを選ぶ、と定義しています。
直観の100個のアイデアを出す行為は、爆発的なインプットができるAIは強いでしょう。しかし、その中から「これが世の中に刺さる」という“100から3への絞り込み”が、AIにはできない世界になります。
経営者のもとには多くのアイデアが持ち込まれますが、成功している経営者というのは、アイデアを聞いて「これが正しい」と選ぶ大局観の部分が強いのだと僕は思っています。
普通の人も普段から大局観を使っていて、例えば、色鉛筆を100本並べて“この青を使おう”と考えている時点で大局観を使っているわけです。ところが問題が複雑化したり、経営のように変数が多いものだと経験値やバックグラウンドがなければ難しい。
現状でAIより人間の方が優れているのは、この大局観だと思います。
1人の時間を持ち、独走する
――“AI時代の働き方”という言葉に対して、井上さんはどのようなイメージを持ちますか。
オリコンチャートの40年分くらいのデータを集めて、成功したプロジェクトの共通点を分析した法政大学の永山晋氏によると、ヒットしたアーティストには「歌える・歌詞が書ける・曲が書ける・ギターが弾ける・ドラムができる」など1人で複数の要素を持つ人が多かったそうです。
すなわち自分の中に多様性を持ったインナーダイバーシティなアーティストほど、ヒットを生んでいるのですね。
つまり、何か新しいクリエイティブなものを生み、ヒットさせている人というのは、自分の中にとても深いものを2つ3つ持っているということです。AI時代に僕が大事だと思うのは、“その人独自にできるもので、圧倒的に深いものを2つ3つ持つこと”です。それをニッチに尖らせるしかありません。
“1万時間の法則”(カナダ人ジャーナリスト、マルコム・グラッドウェル-Malcolm Gladwell-が提唱。特定のスキルで成功するためには、1万時間の練習・努力が必要というもの)からすると、人は1万時間かけなければ1つのスキルを習得できないので、1人の時間を持ち、集中してしっかり独走し、走り切ったものを3つ持つことしか、AIから逃れる方法はないと思います。
複数人の時間やコミュニケーションを主体とした時間は、人の話をインプットするということでは意味がありますが、それだけをしていると、誰かから聞いた面白い話をそのまま誰かに伝えるといった、AIどころかルーターができるような仕事になってしまいます。
現代社会は情報に溢れ、インプット量も非常に増えていますが、インプットしたものを自分なりに“マイニング”(知識を採掘し知恵化)する1人の時間を、人生で「1万時間×3」取るという人生設計がとても重要だと思います。
また、長期的にモチベーションを保ち持ち続けるためにも、マイニングしたものを“言語化”するということも行わないといけません。言語化せず、無意識にやり続けられるほど人のモチベーションは持たないからです。
「価値発掘と言語化」、僕自身、それをひたすら続けていますよ。
text: 伊藤秋廣
photo: 石原敦志
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