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労働環境における個人主義の行く末。コロナ時代、にわかに話題となった電通の業務委託契約

2021.01.20

企業特集記事③のメインビジュアルです。

コロナ禍で雇い止めが深刻化、社会問題に

コロナ禍における企業の働き方改革を追う本特集。第1回は富士通によるリソースとコストの大規模な再構築による働き方改革を、第2回はパソナが進めている地方創生型の働き方改革を紹介した。

最終回となる今回は、国内を代表する広告代理店大手 電通の施策に迫りたい。

 

いま、深刻な社会問題になりつつあるのが、新型コロナウイルス感染症に起因した雇用への影響だ。

具体的には、主に企業の業績悪化を理由とした「解雇」や「雇い止め」に歯止めがかからず、厚生労働省の調べでは、2020年の12月18日時点までの累積で、雇用調整の可能性がある事業所は12万以上、解雇などが見込まれる労働者数は、7万7,700人前後にものぼるという。

 

国内における大規模な雇用調整といえば、2008年に当時の米投資銀行大手リーマン・ブラザーズの破綻を契機としたリーマン・ショックの際の「派遣切り」が挙げられる。この際は、製造業者が特に大きな影響を受けたとされ、その中でも派遣契約をしている労働者の契約を更新しない企業が増えたことが大きな問題となった。

しかし、雇用におけるリーマン・ショックと新型コロナウイルス感染症の影響は性質や範囲が異なる。

 

リーマン・ショックについては、これまでも様々な場所で議論されているためこの稿での詳細説明は割愛するが、突き詰めれば「お金の問題」であり、金融不安に端を発して「お金の移動」に大きなブレーキがかかったことが特徴だ。

一方でコロナ・ショックとも呼ばれる今回の状況は、リーマン・ショックを超え、1930年代の世界恐慌を超える経済危機と見る向きもある。

その理由は「出口の見えない不況」であり、「人の移動」に大きなブレーキがかかっているからだ。パンデミック前は、人々が盛んに移動して貨幣を使うこと、またそれがいかに活発に行われているかが、都市の発展度を測る尺度だったと言ってもいい。しかし現在は、可能な限り外出を控えようとする姿勢が一般的と言ってもよく、外に出てお金を使うことに、ある程度のリスクが伴うようになった。

感染症の性質として、人々が移動すればするほど、感染症は蔓延し、状況は悪化してしまう。ところが、人々が移動しないと、経済は悪化してしまう。コロナ禍において、経済と医療は反発する磁石であり、片方の問題の出口は、もう片方の問題の入り口につながっている。

出口の見えない不況、コロナ・ショック、電通

経済産業省の調べによれば、新型コロナウイルス感染症によって特に大きな影響を受けているのは飲食業界とレジャー・宿泊業界だとされているが、ほとんどすべての業種は危機に陥っているか、危機に瀕していると言ってもいい。

これまでの商習慣を同じように続けて、問題なく好調な業績を維持できるという業界、業種は限られるだろう。解雇などが見込まれる労働者数7万7,700人前後の内訳が、非正規労働者に限定されておらず、正社員の一斉解雇などが報じられたことも、今回の不況の深刻さを物語っている。

 

そんな時世の中、電通は2021年の1月にニューホライズンコレクティブ合同会社を設立。希望する社員は電通を退職し、個人事業主となった上で、ニューホライズンコレクティブと業務委託契約を締結する。ニューホライズンコレクティブから「報酬」を受け取りながら、個人事業主として企業活動に参加できるという制度を作った。

 

コロナ・ショックの性質を鑑みた上で、この動きを見ると、どう感じるだろうか。

業務委託契約という制度は、端的に言って、企業にとって都合がいい。雇用契約では「業績が不審なので、明日から解雇」とはいかないが、業務委託契約なら「受注が少ないため、業務委託契約者に発注をしない」といった措置にも法的な問題がない。厚生年金、健康保険の負担義務もない。福利厚生も必要なく、単純に、労働分の対価を払えばいいのだ。

人件費をコストとドライに割り切る論調は個人的に好まないが、そこは資本主義経済。はっきり言えば、雇用契約と比べて「ランニングコスト」が大きく削減できる場合が多いのだ。

つまり、今回の電通の施策を「解雇に見えにくい解雇」、「不況対策のためのコストカット」と思う人もいるだろう。いわば反対派、否定派からの見解である。実際、そうした意見もSNSなどでは多数見られる。

 

しかし、公式発表では、「2018年に電通社員有志が構想を立ち上げ、2年以上をかけて検討・準備してきた」と発表されていることに注目したい。

2018年と言えば、「働き方改革関連法案」が国会で可決され、日本が本格的な働き方改革に乗り出した年である。コロナ・ショックを原因としたコストカットではなく、電通が時間をかけて計画していた、電通流の働き方改革とみる方が自然だろう。

所属でなく実績で判断される社会へ

電通の発表にもう少し迫ってみよう。

電通がニューホライズンコレクティブの立ち上げと合わせて発表したテーマが「ライフシフトプラットフォーム」だ。同社は、このワードを、「個人が、一企業ではなく社会に対して発揮する価値を最大化するための仕組み」であると形容している。

「人生100年時代」とも呼ばれる長寿命化社会において、従来よりも「仕事」にあたる期間が増えると想定される中、長く自立的に働くためには、個人がひとつの企業に依存するのではなく、複数の仕事に取り組める環境で、新たな挑戦をしていくことが重要だとする考え方だ。

 

これは、コロナ以前まで盛んだった「フリーランス」や「独立」を勧める論調に近いものがある。

企業に属する最大のメリットを、仮に「補償」や「安全」、一方のデメリットを「制約」と置き換えて考えてみよう。補償や安全を失うリスクは含むものの、それと引き換えに、制約のない自由な経済活動が許される。ほとんどの会社員にとって、年収が突然2倍になることは考えにくい。個人事業主なら、前年度との収入が2倍になることも、1/2になることも一般的に起こり得ることなのだ。

ここに恐怖を感じるか、魅力を感じるかは個人の価値観にも委ねられるが、ともかく、個人事業主には、個人の能力が収入に直結するという側面がある。むしろ、そこが個人事業主の本質でさえある。

 

しかし、電通の言い分は少し異なっている。ライフシフトプラットフォームは「安定」と「チャレンジ」を両立するものだと同社は表現しているのだ。こうなると、同社の言う「安定した報酬」が「どのくらい安定していて、どの程度持続性がある報酬なのか」という程度の問題にもなってくる。

社員と同等の報酬を長期的に受け取りつつ、企業に属する制約もなくなるとすれば、多くの会社員にとって魅力的で夢のような制度にも思えないだろうか。

 

ただ、前述の通り、業務委託契約は、雇用契約とはまったく性質が異なるものである。

会社員、個人事業主の両方を経験している筆者は、「どこに所属しているか」で評価されることと、「個人としての実績」で評価されることには、想像を絶するほどのギャップがあると感じている。ニューホライズンコレクティブと業務委託契約を結ぶ電通の元社員は200人を超えるそうだが、「会社員と同等の安定と、挑戦に制約のない個人事業主のメリットを両立できる夢の制度」であるかどうかは、将来的に当事者からの声となって聞こえてくるであろう。

 

新型コロナウイルス感染症の影響で多くの人が信じてきた「安定」が揺らいでいる現代、奇しくも影響力の大きい大手広告代理店が、これまでには考えられなかった労働形態の改革プログラムを展開した。このライフシフトプラットフォームを通じて、電通出身の著名なクリエイターが何人も台頭するといったことが起きれば、労働形態の見直しが社会全体に拡大していく可能性もある。

 

それは、個人が所属でなく、実績と自己責任で勝負をする甘くない世界の始まりだが、巨大な組織の中に埋もれていた優れた生産性を発掘し、浮上させる力にもなり得るであろう。その結果を私たちが知るのは未来になるが、アフターコロナの労働環境がいままさに形作られている最中なのかもしれない。

text: 海岡史郎

 

▼変貌する社会の新たなスタンダードを探求する企業たち

③労働環境における個人主義の行く末。コロナ時代、にわかに話題となった電通の業務委託契約

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